岐阜 馬瀬村

馬瀬村・・・ふるさとの温もり

春夏

日本……それはピカピカの自動車と混雑した地下鉄とうなり続ける工場、そしてハイテクの国であると言われています。しかし、ここは私が知っている日本ではありません。 ここでは、おばあさんたちがキャベツを雪から守るために、ちいさなプラスチックの覆いをしています。谷の絶壁が、本当の意味での地域社会や村落共同体を守ってきました。 人々は通りががりの人を呼び止め、一杯の麦茶と新鮮なトマト、そして笑顔で迎える習慣を今でも持っています。風が竹林を揺すぶりながら吹き抜け、昔の秘めごとを誘い込むようにささやいています。 水晶のように透き通った川の水が、過去の伝統から流れ出て、希望の未来に流れ出ます。そんな場所を私は知っています。

私が知っているその場所は、岐阜県の南飛騨地域にある周囲から隔離された小さな地域社会である馬瀬村です。この村は、人口1600人で人々が強く結び付いている地域社会であり、一般に知られている日本からかけ離れた世界に見えます。 もし、忙しく生産を続ける大都市社会が日本の顔とするならば、馬瀬村は確かに日本の心を表しています。たとえて言えば、そこはすべての日本人の「ふるさと」です。今日、日本人がどこでどのように暮らしていようとも、ある意味で彼らはここ馬瀬村で生まれたと言えます。

秋冬

馬瀬村は、日本人の心に深く根差した伝統的生活習慣を維持しています。それは、自然の驚異と調和を保ちつつ生活することを意味します。それは、隣人と自分自身を大切にすることを必要とします。 さらに、日常の瑣事(さじ)が味わい深くなります。馬瀬村の人々は仕事に誇りを持っており、友達と一緒にいることに喜びを見いだしています。馬瀬村は、日本人が過去に求めていた場所に戻ることができる心の場所です。 そこでは、貴重な伝統文化や過去を大切にする人、そして現在を生きる人をじっくりとはぐくみつつ、日本独特のものが残っています。

私は、もうすぐアメリカに戻るけれども、私の心は決して馬瀬村から離れないでしょう。私は、そよ風の中で花火のように踊りながら紅葉していく、燃え立つような秋の色を決して忘れないでしょう。 ふわふわした雪片が、地上に舞い降りる最後の音を聞きながら、露天ぶろにつかったときの心の安らぎを忘れません。春の新しい季節の幕開けで見た桜の美しさは、私の心に永遠に残ります。 そして、本当に日本を去るとき私が聞くものは、都会の騒々しいざわめきやパチンコの機械的なガチャガチャした音ではありません。 私の耳の中で永遠に鳴り続けるものは、喉の奥底から声を出して鳴く夏の蛙(かえる)の泣き声、きっと、私が日本のふるさと、馬瀬村に別れを告げるとき水田から出てきて一緒に鳴いてくれるだろうその泣き声です。

ディビッド クーパー (米国出身)
David Cooper
  • Blogじゃぱん「ホームタウン・ホームページ」
  • やさしいブラウザ
  • IAサーバー・ソリューション・カタログ