相馬御風(そうま・ぎょふう)
明治、大正、昭和にかけて歌人、詩人、文芸評論家として活躍。作詞を手がけた早稲田大学校歌「都の西北」や、童謡「春よこい」「カチューシャの唄」などは不朽の名作として今も歌い継がれています。1883年(明治16年)、糸魚川屈指の旧家に生まれ、父は第4代糸魚川町長も務めた名士。幼いころから和歌、俳句に親しみ、19歳で「明星」に歌を発表。早稲田大学入学後、雑誌「白百合」を創刊し、浪漫主義文芸の進展と詩歌の革新を呼びかけ、詩壇に新風を吹き込みます。大学を卒業後は「早稲田文学」の編集を担当し、自然主義評論家として活躍。また、トルストイの人道主義に傾倒し「戦争と平和」「アンナカレニナ」などロシア文学の翻訳も数多く手がけました。しかし、心身の苦悩を感じ、34歳で糸魚川に退住。以来、脳溢血(のういっけつ)で倒れる68歳まで執筆読書の生活にふけるとともに、良寛研究の第一人者として多くの著書を残しました。御風が暮らした家は今も市内に残され、氏の暮らしぶりを垣間見ることができます。(写真)