人々の暮らしの中に溶け込む城下町の面影
現在の「小京都」の趣からすると意外に思われるかもしれませんが、金沢が歴史にその名を現すのはさほど古いことではありません。16世紀中ごろ、本願寺の別院が、現在の金沢城跡の場所に創建されたときからとされています。一向宗の門徒たちは、ここを拠点に約100年にわたって加賀地方を支配しました。その後、1583年(天正11年)に前田利家がこの地に入城し、加賀藩14代、約300年間にわたる治世が続くことになります。関ヶ原以後、長い幕藩体制の間も、前田家に藩替えがなく、加賀を治め続けたことにより、衣食住の様々な分野で、いわば「純粋な」加賀文化をはくぐむことができたのです。近代になっても、福井や富山と異なり、戦災にあわずにすんだことから、建物ばかりでなく、人々の暮らしの中にも城下町の面影をいまも色濃く残すことができたわけです。徳田秋声、泉鏡花、室生犀星(むろう・さいせい)といった文豪を生み、彼らが金沢を舞台にした作品を残したことも、ロマンチックな彩りを金沢に与えています。