歴史

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新潟湊と市街地形成の変遷

新潟市の街並みが本格的に形成されたのは江戸時代初期。1617年、領主堀直奇(なおより)が、信濃川河口に位置する立地条件に着目し、近隣の農家、商家を、信濃川河畔の島村一帯(現在の古町通り周辺)に集団移転させたことに始まります。商人に対しては免税などの保護政策をとったことで経済基盤が整い、領主が牧野氏に交代してからも着実に発展を続けます。1655年、第2次都市計画として進められたのが、西堀・東堀などの開削です。こうした堀は、物流の手段としてだけでなく、生活用水や防火用水など、住民の日々の暮らしに広く利用されていました。新潟が「水の都」と呼ばれるゆえんはここにあります。1672年には、河村瑞賢が開いた西回り航路の寄港地に指定され、越後米の移出港として繁栄を極めました。さらに鎖国時代を経た1858年、日米修好通商条約で長崎、神戸、横浜、函館に次ぐ日本開港5港の一つに指定されてからは、日本海側唯一の海外貿易港として新たな一歩を踏み出すことになったのです。
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