野沢菜は蕪のできそこない?
野沢温泉の起源は古く、聖武天皇のころ(724〜48年)、僧行基(ぎょうき)によって発見され、寛永年間(1624〜43年)に飯山藩主である松平氏が浴場や宿を整備して湯治場としたと伝えられています。さて、野沢温泉の名物といえば野沢菜。温泉街の夕べの食膳には、必ずといっていいほど登場する漬物です。野沢菜がこの地で栽培されるようになったのは、1756年(宝歴6年)、健命寺の住職、晃天園瑞(こうてんえんずい)和尚が、京遊学の土産にと天王寺蕪の種を持ち帰ったことに始まります。種を寺内の畑にまいたところ、野沢温泉の気候と土質が影響して蕪は育たず、代わりに葉や茎の部分が巨大に成長して野沢菜が誕生しました。パリパリとした独特の歯ざわりと、鮮やかな緑が保たれているのは、一度温泉の湯でゆがいて「お菜洗い」をし、氷点下の外気のなかで漬けこんでいるためです。野沢温泉の風土を巧みに利用した村人たちの知恵は、今も変わらず引き継がれています。