歴史

 

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古代日本人の暮らしを伝える登呂遺跡

静岡駅から駿河湾方面へ2キロほどのところにあるのが登呂遺跡。1952年(昭和27年)に特別史跡に指定されてからは、市内はもとより、日本全国からの参観者が絶えません。1943年(昭和18年)に軍需工場用地として工事をしていたところ、丸木でできた船を発見。戦後本格的な調査が進められ、住居跡、森林跡、水田跡が次々と発掘されました。全体の広さは約16万5,000平方メートルにも及び、1,800年以上も前の弥生式農耕文化を伝える世界的に貴重な遺産です。住居には浸水を防ぐための工夫がなされています。家の周りを掘り下げて二重に柵(さく)をめぐらし、柵の間には土を埋めて堤防状のものが造られているのです。地面近くまで草をふいた屋根が特徴的な住居には、中央の炉を囲んで7、8人の家族が一緒に住んでいたといわれています。村は川の流れに沿って家々が密集し、杉板を打ち込んだあぜ道のある水田や、高床式の穀物倉庫があり、周りには杉やカシの木が生い茂る森があったようです。登呂遺跡の復元された住宅や倉庫をめぐり、出土品を眺めれば、おだやかに暮らす古代の村人の様子が伝わってきます。

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