山中湖 文学散歩

平成10年には三島由紀夫の文学館も生まれる山中湖には、
古くからたくさんの文学者が避暑で訪れ、作品を残しています。

高浜虚子句碑

徳富蘇峰記念碑
旭日丘記念碑写真 文学散歩 霊峰富士をいただく山中湖畔は、多くの文化人を惹きつけてきました。評論家として名高い徳富蘇峰(とくとみそほう)は、朝日に映える美しい富士を見て、湖畔のある土地を「旭日丘(あさひがおか)」と名付けました。蘇峰はこの旭日丘の山荘で「近世日本国民史」を執筆したのです。
蘇峰の記念碑のすぐ近くに富安風生(とみやすふうせい)の句碑があります。風生は富士山の句を500以上も詠んだ俳人だけに、句碑もこのあたりに数多く建てられています。
風生の師にして、俳句の雑誌「ホトトギス」を主宰(しゅさい)したことで有名な高浜虚子(たかはまきょし)は、昭和12年頃から、夏の間はこの地に滞在するようになりました。「ホトトギス」の雑詠16万6千句の中から、9,600句を選び出し大アンソロジーをつくる、というのがその目的でした。虚子は山中湖畔で333句を詠みましたが、文学散策そのうちの一句「選集を選みしよりの山の秋」が句碑に刻まれています。
平成10年の夏に完成する予定の「山中湖文学の森」には、徳富蘇峰、高浜虚子、そして三島由紀夫の記念館ができます。
富安風生句碑
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