

悲恋物語「マダム・バタフライ」
主人公の蝶々は、明治初期の長崎港に士族の娘として生まれます。幕末から明治にかけての混乱のなか、父は殿様の命令で切腹し、彼女は長崎に出て芸者になります。そして15歳の春に、長崎にやってきたアメリカ人の若い海軍士官ピンカートンと知り合い、二人は結婚します。子供も生まれますが、ピンカートンは蝶々を残して海の向こうへ去っていきます。必ず戻ると信じて、蝶々は美しい歌を歌って待ち続けます。ところが、ピンカートンは米国で結婚してしまうとの知らせが蝶々のもとへ飛び込みます。愛する人の裏切りを知った蝶々は、父の形見の短刀で自害する、という悲劇的な結末になっています。「マダム・バタフライ」は、日本情緒をふんだんに織り込んだ悲恋物語で、オリエンタルな情緒たっぷりの歌劇になっています。
「マダム・バタフライ」の誕生
「マダム・バタフライ」のオペラは、アメリカ・フィラデルフィアのルーサー・ロングが、長崎に滞在したことのある兄から話を聞いて書いた小説がもとになっています。異国情緒に富んでいると評判になり、芝居となってアメリカやヨーロッパで上演されました。このときに、イタリアの音楽マネージャー、ルサルディが「これはオペラになる」と直感したことから、1904年、プッチーニ作曲の有名な歌劇「マダム・バタフライ」が生まれます。日本を題材にしたオペラだから、日本のプリマドンナにぜひお蝶夫人をやってもらいたい。すでにアルバートホールで大成功をおさめていた三浦 環に、まもなくこんな出演依頼が舞い込みました。1915年(大正4年)、環はそれに応えて「マダム・バタフライ」を初演し、以降アメリカを中心に合計2,000回もの公演記録を打ち立てました。日本でも世界でも、「お蝶夫人」と言えば環、環と言えば「お蝶夫人」というほど、お蝶夫人は彼女にぴったりの役柄です。
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