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幾度の試行錯誤によって生まれた流れぬ橋。優美な5連の曲線で人々を魅了する錦帯橋は1673年、岩国藩の3代藩主である吉川広嘉のときに造られました。錦帯橋の架かる錦川は、延長110キロメートルで水量は実に豊富、瀬戸内海に注ぐ県下最大級の川です。従って昔から流域は洪水に悩まされるのが常でした。2代藩主広正のころには堅固な橋を架けるべく幾度かの架橋が試みられましたが、洪水にはかなわず断念せざるをえない結果に。そして、3代広嘉が自ら工事の指揮を取り、創意工夫を凝らした結果、川床を敷石で固めて水中に数個の小島を配して、その島伝いに橋を架けるという、現在の錦帯橋が完成したのです。1年余りで完成した後は、木造のアーチ部分は30数年ごとにかけかえられましたが、島となる橋台部分は277年間という歳月を過ごしてきました。ところが、1950年の5月に山口県下を襲った「キジヤ台風」によって、堅固を誇った錦帯橋が激流にのまれてしまうという惨事が起こったのです。今の姿は1952年に再建された姿なのですが、当時の技術は素晴らしくて、現代でもほとんど改良する必要がなかったことから、まったく元どおりに復元されたということです。
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