山口 歴史

枕流亭、露山堂

時は幕末、明治維新を実現させた人々がいました。

幕府政治を否定し、朝廷を中心として国内を結束させる尊王政治を説いた吉田松蔭は、萩城下に松下村塾を開きました。 1859年10月、安政の大獄で刑死するまでの2年間に、門下生として高杉晋作、伊藤博文、久坂玄瑞、山形有朋などの逸材を育てたのです。 彼ら長州藩勢は藩主毛利敬親の命を受けて、武士や足軽、町人や農民といった有志を集めて奇兵隊を結成。 その後、藩内では京都を武力制圧しようとする久坂玄瑞らの急進派と、時期尚早を唱える高杉晋作や木戸孝允らの慎重派とが対立しました。 しかし、幕府の新選組が襲撃した池田屋事件をきっかけとした禁門の変で久坂は討ち死に。 そして高杉、伊藤、山形らはクーデターを起こし、新政策を推進した木戸孝允、井上馨らとも手を結び、幕論は尊王倒幕へと統一されていきました。 薩摩藩の西郷隆盛や大久保利通と京都で会見した際には薩長同盟が結ばれ、倒幕運動の中心となって明治維新の足掛かりをつくったのです。 山口市内にある香山公園内には、倒幕の密議がかわされた枕流亭(写真下)や露山堂(写真上)といった建造物が、当時の姿のまま移築されています。 明治維新の志士らの息づかいが聞こえてきそうな気がします。

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