歴史

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幕末の志士たちが命を散らした函館戦争

1868年(明治元年)、8月から9月に奥羽越列藩同盟の会津藩、仙台藩、盛岡藩が相次いで新政府軍に降伏。榎本武揚らの旧幕府脱走軍艦隊は、東北での足がかりをなくしてしまいます。そこで新天地を求め、10月20日、軍艦「開陽丸」ほか7隻の艦隊を率いて、箱館の北約20キロの鷲ノ木浜から上陸しました。しかし、23日未明、峠下村付近で箱館府派遣の警備兵と衝突、「箱館戦争」の火ぶたが切られます。その後各地を転戦しますが、実戦経験の豊かな脱走軍に、箱館府側は連敗。12月に榎本は 五稜郭 を占領、総裁となり、箱館は脱走軍に占拠されます。ところが翌年4月、江刺から上陸した新政府軍は徐々に巻き返しを図り、5月11日箱館市街戦で箱館を制圧。ついに五稜郭開城をもって、脱走軍は降伏します。元新撰組組長・土方歳三もこの戦いで命を落とし、最後の国内戦争は終結しました。蝦夷から北海道へ、箱館も函館と改められ、本格的に明治維新の時代を迎えることになるのです。
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