釧路 この町この人

釧路漁業界の父
嵯峨 久(1876.8〜1960.8)

生涯学習センターの道路を隔てた一角にナナカマドの木立があり、その中に双眼鏡を片手に海を見つめている銅像が立っています。これが、釧路漁業界の父といわれる嵯峨久翁の銅像です。嵯峨久翁は、千島、函館、樺太などで漁業関係の仕事に従事し、1907年(明治40年)、室蘭でトロール漁業を行いましたが経験不足で失敗し、釧路に移住してきました。 当時、釧路はまだ漁船が動力化していませんでしたが、氏は率先して発動機漁船を建造して沖合漁業に着手。1920年(大正9年)には発動機漁業組合をつくってマグロ漁にも進出して、マグロブームの糸口を開きました。1924年(大正13年)には生産者市場開設を唱えて共同市場をつくったり、私財を投じて漁港の先駆ともいうべき嵯峨漁港をつくるなど、幅広い活動を繰り広げ、釧路漁業界の父と仰がれました。

嵯峨 久
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