「紙の街」は名実ともに紙パルプ生産の日本一として君臨してきました。
かつては小さな漁村にすぎなかった苫小牧が、工業都市として発展の一路をたどり始めたのは、1910年に王子製紙苫小牧工場(現新王子製紙)が操業を開始してからのことです。それから数えること80余年、現在では「紙の街」苫小牧は17万都市へとみごとに成長を遂げました。この間に、大日本再生紙勇払(ゆうふつ)工場(現日本製紙)や、ホクシー苫小牧工場などが臨海工業地帯に名を連ね、これら工場群の発展にともなって人口が増え、街が拡大し、苫小牧港の開港という国家レベルの事業が相乗効果となって、現在のような大都市に成長したのです。現在でも、製紙業では国内トップの生産高を誇っています。
