歴史

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成田山と市川家の不動信仰

成田の歴史は、まさに成田山新勝寺とともにあったともいえますが、その新勝寺の創建は大変古く古代までさかのぼり、940年(天慶3年)平将門の乱を鎮めるために、寛朝(かんじょう)大僧正によって開基されたといわれています。以来千年余もの間、関東一円の不動信仰の要となってきました。その隆盛の一因に挙げられるのが、現在でも「成田屋」の屋号を名乗る歌舞伎の市川団十郎家の信仰があります。江戸歌舞伎の中心的役割を担った初代・市川団十郎は、1660年(万治3年)に江戸に生まれましたが、その父・堀越重蔵は下総国埴生郡幡谷(現在の成田市幡谷)の出身。よって初代・団十郎も不動信仰にあつく、不動尊の霊験(れいげん)を主題にした演目を上演したところ、それが大人気に。続く二代、三代も「成田不動利生記(りしょうき)」を演じて江戸中の評判となり、成田不動の名も瞬く間に広まったのです。また、1703年(元禄16年)から13回にもおよんだ、度重なる深川永代寺での不動尊の出開帳の影響もあり、文化年間(1804年〜18年)以後、人々の間で成田もうでは盛んになり、現在に至っています。
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