六本木 歴史

外苑東通り

小さな門前町から、時代の先端をいく国際都市へと変容しました。

六本木という地名の由来は、その名の通り6本の松の木があったからとか、あるいは、上杉、朽木、高木、青木、片桐、一柳という樹の名の大名屋敷が6つあったからとか様々な説があります。 六本木が市街として形成されたのは、江戸時代に入ってからのこと。徳川2代将軍秀忠夫人の葬儀に功績のあった僧侶たちが、人気のない寂しいこの地に4つの寺を建て、門前町を開いたことに始まります。

しかし、今のように大規模な繁華街としてにぎわいを見せるようになったのはごく最近です。 戦前は、一帯が軍事施設として利用されていたので、軍人が行き交うだけの殺風景な街にすぎませんでした。 戦後、赤坂、麻布一帯は米軍に接収され、米国人向けのバーやカフェ、ナイトクラブ、ホテル、レストランなどが増え、洋風の街並みが形成されていきます。 さらに俳優座が開場し、テレビ朝日が開局したことなどにより、撮影スタジオ、プロダクションなどが増え、多くの芸能関係者たちが集まるようになりました。 それまで六本木は、赤坂、青山、麻布に比べて比較的開発が遅れていましたが、かえってそれが新しい文化をいち早く吸収できる好条件となり、またたく間に時代の先端をいく国際都市へと発展を遂げました。 なお、六本木交差点からは、東京のシンボルである東京タワーを一望することができます。

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