歴史

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引き揚げの歴史を伝えるレトロの町

織田信長の命により一色氏を滅ぼした細川幽斎が、丹後の国主となったのは1580年(天正8年)のこと。北を海に、南を湿地に、東西を川に囲まれた守りやすく攻めにくい要塞(ようさい)として、田辺城が築かれました。築城と共に整備が進められた城下町の町割りは、現在とほとんど変わりません。明治に入り、日本が海軍の整備を急速に整える中で、舞鶴には舞鶴鎮守府ほか多くの海軍官署が設置され、活況を呈するようになります。戦後は、湾岸工業都市として発展をみますが、再びこの港町が脚光を浴びたのは、政府が指定した10港の引き揚げ港のひとつとなり、1945年(昭和20年)から引き揚げ船の入港が始まったとき。以後、13年にわたって66万人余の引き揚げ者が、舞鶴の引き揚げ桟橋に上陸したといいます。最近では、つらく悲しい抑留生活を伝える町であると同時に、若者たちの間では70棟を超える赤レンガの建物が立ち並ぶレトロなムードの港町といった印象も強くなっているようです。
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