高松 伝統工芸

讃岐漆器

讃岐漆器

江戸時代にこの地を治めていた高松藩主が奨励したのが始まりです。
その後、京都で中国伝来の技法、蒟醤(きんま)、存清(ぞんせい)、彫漆(ちょうしつ)などを研究した玉楮象谷(たまかじ・ぞうこく)が、多くの名品を作り出し、讃岐漆器の基礎を築きました。 芸術作品から日用品にいたるまで、その種類の多さは全国一と言われています。



保多織(ぼたおり)

「多年保つ」がその名の由来で、生地の丈夫さを誇る織物です。
高松の初代藩主、松平頼重公が、京都の織物師、北川伊平衛常光を招いて織らせ、その技法を代々の秘伝として保護しました。 丈夫な上に肌触りがよいことから、浴衣、敷布、ふきん、がまぐちなど、さまざまな用途に使われています。

保多織


高松張子「奉公さん」

高松張子「奉公さん」

病気の子供に張子人形の「奉公さん」を抱かせた後、この人形を海に流すと病気が治ると伝えられています。
これは、ある武家屋敷に奉公していたおまきという娘が、お姫さまの重い病気を身代わりにうつし受け、瀬戸内の離れ島に流れて短い命を終えたとい逸話からきています。 「奉公さん」のほかにも、嫁入り人形などおよそ150種類の高松張子があります。



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