会津若松のシンボル 鶴ケ城1384年に芦名直盛(あしな・なおもり)が築いた城がその起源といわれます。伊達政宗、蒲生氏郷(がもう・うじさと)など、名だたる戦国武将が城主となりましたが、江戸時代には松平家が9代にわたって治めました。戊辰(ぼしん)戦争では1カ月に及ぶ篭城(ろうじょう)戦に耐え、難攻不落の名城とうたわれましたが、1874年取り壊しになりました。現在の天守閣は1966年に再建されたもので、郷土博物館となっています。城址公園は、春にはライトアップされる桜、初夏の新緑に映える天守閣など、四季折々の美しさで人々を楽しませています。・鶴ケ城郷土博物館: 登閣料400円。8時半〜17時(入場は16時半まで)、7月第1月〜木・12月第1火〜木休/0242-27-4005 ●会津若松駅からバスで10分、鶴ケ城北口下車。 |
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茶室 麟閣(りんかく)千利休(せんのりきゅう)が豊臣秀吉によって切腹させられた後、その子少庵(しょうあん)は鶴ケ城城主蒲生氏郷にかくまわれました。本丸内に再建されたこの茶室は、少庵が茶人・氏郷公のために造ったものといわれ、東日本では珍しい様式を備えています。・入場料200円、中学生以下無料。8時半〜17時(入場は16時半まで)、7月第1月〜木・12月第1火〜木休/0242-27-4005 ●会津若松駅からバスで10分、鶴ケ城北口下車。 |
名勝松平氏庭園と400種の薬草 御薬園(おやくえん)会津歴代藩主の別荘であった大名型の山水庭です。中央に「心」の字の池があり、茶室風数寄屋造りの楽寿亭が建てられています。松平氏2代目藩主が園内に各種の薬草を栽培したことから、御薬園の名がつきました。朝鮮人参をはじめ、約400種の薬草が植えられた薬用植物園が付設。・入園料310円。8時半〜17時、7月第1月〜木・12月第1火〜木休/0242-27-2472 ●会津若松駅からバスで15分、御薬園入口下車。 |
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悲劇の白虎隊19士が眠る 飯盛山会津戊辰戦争の折、飯盛山から煙に包まれた鶴ケ城を眺めた白虎隊士たちは、城が落城したものと思い込み、全員壮烈な自刃をとげました。16、7歳で命を散らした少年たちのめい福を祈り、山腹の墓前には線香の煙の絶えることがありません。白虎隊慰霊祭には、地元の高校生が剣舞を披露しその霊を慰めます(写真)。少年たちがくぐり抜けたという戸ノ口堰(とのくちせき)洞穴や、二重らせん状のスロープが世界にも類のない建築のさざえ堂も見どころの一つです(国の重要文化財に指定)。ふもとには、白虎隊記念館や白虎隊伝承史学館があります。・さざえ堂入場料300円。8時15分〜日没(冬期間9時半〜16時)、無休/0242-22-3163 ・白虎隊記念館入館料400円。8時〜17時、無休/0242-24-9170 ・白虎隊伝承史学館入館料300円。8時〜17時、無休/0242-26-1022 ●会津若松駅からバスで13分、飯盛山下車。 |
会津戊辰戦争の本営 滝沢御本陣
飯盛山のすぐ北側、旧江戸街道沿いにあり、参勤交代や領内巡視の際の藩主休息所でした。戊辰戦争では藩主・松平容保(かたもり)公がここで指揮をとり、白虎隊も出陣の命を受けました。当時の弾痕や刀傷が、柱などに生々しく残っています。・参観料300円。8時〜18時(4月〜11月)、9時〜17時(12月〜3月)、無休/0242-22-8525
●会津若松駅からバスで13分、飯盛山下車。
和風建築の粋を集めた家老屋敷 会津武家屋敷会津藩家老・西郷頼母(さいごう・たのも)邸を復元したもの。ケヤキ・ヒノキ・杉材を使用した豪華壮大な造りです。部屋の中の人形や調度品が武家の生活の様子を再現。2万3,000平方メートルの広大な敷地に、精米所などの歴史的建造物が立ち並んでいます。・入場料850円。8時半〜17時(4月〜11月)、9時〜16時半(12月〜3月)、無休/0242-28-2525 ●会津若松駅からバスで15分、会津武家屋敷前下車。 |
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藩士の子弟が学んだ 会津藩校日新館
会津藩は藩士の子弟に、漢学・医学・天文学・蘭学といった幅広い教育を行っていました。その教育の場であった、江戸時代全国随一といわれた藩校日新館を復元したもの。・入館料850円。8時半〜17時(4月〜11月)、9時〜16時半(12月〜3月)、無休/0242-75-2525
●会津若松駅からタクシーで15分。





