自然がつくり出した造形美 厳美渓(一関)栗駒山を流れの源とする磐井川の渓谷。清流が奇岩怪石にぶつかり白いしぶきを上げていたり、水がたまって深い淵となりエメラルド色に輝いていたり、複雑な流れに青渦を巻いていたりと、さまざまな表情を見せてくれます。 春の桜、夏の青葉、秋の紅葉、冬の雪景色と、両岸の木々が四季折々の彩りを添えています。 ●一ノ関駅から岩手県交通バス厳美渓行きで20分。 |
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平安美術の宝庫 中尊寺(平泉)開山は慈覚大師(850年)。12世紀初頭、藤原氏初代清衡が前九年・後三年の役の戦死者供養と奥羽の平和を願って再興しました。 必見は金色堂。漆の上に金箔を押した光輝く阿弥陀堂は、螺鈿(らでん)、蒔絵(まきえ)、透かし金具などが施された美術工芸の粋。須弥壇(しゅみだん)には清衡、基衡、秀衡の遺体と泰衡の首級(しゅきゅう)が安置されています。 ●岩手県交通バス中尊寺・水沢行きで5分、中尊寺下車。 |
源義経最期の地 高館・義経堂(平泉)兄頼朝の追及を逃れ、秀衡を頼った源義経の居館があった場所です。後に義経は泰衡の急襲を受け、ここで自害したと伝えられています。 1683年に建てられた義経堂があり、中に義経の木像が安置されています。平泉一の眺望としても知られ、眼下には悠々と流れる北上川、右遠くに束稲山(たばしねやま)、左遠くに弁慶立往生の衣川の地と、古戦場が見渡せます。 ●岩手県交通バス中尊寺・水沢行きで5分、中尊寺下車。 |
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義経伝説
平安後期から鎌倉時代にかけて、奥州藤原氏の拠点として栄華を極めた平泉。この地にかくまわれ衣川(ころもがわ)で自害したと伝えられる源義経が、じつは生き延びて大陸に渡り、モンゴル帝国の創始者チンギス・ハンとなったという伝説があります。平泉から遠野に抜け、船で八戸へ渡り、陸路を野辺地(のへじ)へたどり、竜飛崎(たっぴざき)から蝦夷地(えぞち)へ、さらに大陸へ。判官びいきな日本人は、義経の死に多くの伝説と謎(なぞ)を残し、悲劇の英雄を生き続けさせています。今も義経最期の地に立って、義経伝説に思いをはせる人が少なくありません。
●JR東北本線平泉駅下車、徒歩約10〜15分。平泉町観光商工課/0191-46-2111
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達谷窟(たっこくのいわや)今から1200年ほど昔、征夷大将軍坂上田村麻呂(さかのうえ たむらまろ)が討伐した蝦夷(えぞ)の酋長悪呂王(しゅうちょうあくろおう)がこもったと伝えられる洞窟(どうくつ)です。 蝦夷平定後、毘沙門天を祭った堂が建立されました。堂の西側の岩壁に大日如来が刻まれていましたが、現在は胸から下が崩落しており、顔面と肩辺のみが残っています。 ●平泉駅から岩手県交通バス厳美渓行きで20分、達谷窟下車。 |
夢館 奥州藤原歴史物語前九年の役から平泉炎上まで、藤原氏の歴史と文化の全30シーンを、107体のロウ人形がリアルに再現し、100年の歴史を一目で見てとることができます。 ホログラム、パノラマ、音響、照明などを駆使した演出も、より臨場感を高めています。 ●平泉駅から徒歩15分。 |
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