奥州への玄関から産業都市へ
いわき地方に人が住み始めたのはいつごろからかよくわかりませんが、縄文早期にはもう集落があったようで、数多くの遺跡が残っています。奈良時代に入って常陸(ひたち)と陸奥(むつ)をつなぐ街道の要所となり、このころからすでに東北と関東の分岐点としての性格を持ち始めます。勿来関(なこそのせき)はこの象徴でしょう。いわき地方に本当の発展をもたらしたのは石炭でした。1885年に弥勒沢(みろくざわ・現いわき市内郷白水)に炭坑が開かれて以来、いわきの常磐炭坑は日本有数の炭坑として、明治から第二次大戦後の復興期まで隆盛が続きました。しかし、戦後のエネルギー革命で、さしもの常磐炭坑の100年にわたる歴史にも陰りが見えてきました。そのために新しい産業を模索していた1964年に新産業都市の指定を受け、小名浜から勿来にかけての海岸沿いに工業地帯ができました。各町村がいっそう協力して新しい産業都市を建設しようと、5市4町5カ村が1966年10月にいっせいに合併しました。日本一の面積を持ついわき市が誕生したのです。合併後は磐城平藩の城下町だった平に市庁舎を置き、工業、商業、観光、漁業、農業、林業・畜産業と、あらゆる産業を発展させています。
