歴史

秋田杉

秋田杉が能代に富と繁栄をもたらしました

能代市の中心を流れる米代川(よねしろがわ)流域は、古くから秋田杉の産地として知られています。川の中・上流で伐採された杉の銘木は筏(いかだ)に組んで下流へと運ばれ、野代港に集積した後、日本海海運を利用して諸国に売られました(当時、能代は「野代」と呼ばれていたが、度重なる大火、震災に遭い「野に代わる」というのが縁起悪いと江戸になってから改名された)。室町から江戸初期まで野代一帯を治めた安東氏は、重要な経済拠点であるこの地に「材木支配」という役人をおいて木材売買を管理、そこから得た利益は軍備拡充などの財源にしました。1602年、安東氏に代わって佐竹藩の統治が始まると、杉の植林が 積極的に進められ、町はますますの発展をみせます。桶(おけ)、建具、屋根ぶき用の小羽(こば)製造など、木材加工に携わる「木挽」(こびき)という業種も現れ、彼らの木工技術は能代の産業基盤となりました。
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